回復・予防

1. ケガからの回復~リハビリとは?

リハビリについての正しい知識を身につけよう

リハビリテーションの意味は、再び(re)+ 能力を持たせる(habiliate)ということにあります 。ケガや手術をすると、安静のためにからだを動かさないため筋肉がおとろえ、関節が固くなります。これは神経と筋の連絡が少なくなることと重力に対する運動がなくなるためです。長期間からだを使わないでいると骨ももろくなり骨折しやすくなります。言い換えると、ケガをすることは、老人が病気で寝たきりになることや、宇宙飛行士が何カ月も宇宙空間に滞在することと同じです。このような状態の結果を廃用(はいよう)といいますが、廃用からもとの状態に回復するために、関節を動かしたり、トレーニングをしたりする練習のことをリハビリと呼びます。

廃用の例

 老人の場合、1日寝ていると筋肉量が2.9%( 1週間で20%)減少します。一度低下した筋力低下を回復させるためには時間がかかります。1 日間の安静によって生じた体力低下を回復させるためには1週間かかります。

 宇宙飛行士は地球に戻ってくると約1 カ月半のリハビリテーションをして、弱くなった筋肉や骨をもとの状態に戻しています。これは宇宙ではふくらはぎの筋肉が1日で1%ずつ細くなり、宇宙での1日は地球上での2日間寝たきりに相当するからです。
また宇宙飛行士は宇宙で1日2時間はリハビリテーションを行い、できるだけ廃用を防ぐ努力をしています。

写真1 左は手術後萎縮した筋肉、右は健常な筋

写真2 宇宙でトレーニングをする若田光一飛行士
JAXA宇宙情報センターより引用

ケガ

  1. 筋肉が落ちる
  2. 関節が固くなる
  3. 骨がもろくなる
  4. 神経が働かなくなる  

1~4をもとの状態に戻し、復帰後ケガを防ぐため行うものがリハビリ

*リハビリの注意点*

  • トレーニング期間は、バランスのよい栄養摂取に心がける
  • 急性期は機能維持、廃用予防に重点をおく
  • 急性期を過ぎたら必要摂取エネルギーを十分にとり積極的なリハビリを行う

2. アイシングのすすめ

RICE 処置

RICE処置とは

 応急処置で悪化を防止、RICE(ライス)というのは、捻挫・打撲などのときにする応急処置の頭文字をとってできた言葉です。

「R=Rest、安静」

 まずRはレスト、安静にすること。ケガをしたところを動かさないようにすることです。無理をすると痛みが増したり、ケガがひどくなったりします。ケガをしたらすぐに運動をやめて、その部分が動かないように気をつけましょう。

 テーピングや包帯などで固定するのがよいのですが、正しい位置で固定しないとかえって悪化することがあるので注意が必要です。基本的には、痛みが生じない位置で固定するのがよいでしょう。

「I=Ice、冷却」

 次のIはアイス。ケガをした部分を冷やすことです。氷などで冷やすと、痛みを軽くしたり、炎症を抑えたりできます。放っておけば炎症が広がってしまう可能性もありますが、Iceはそれを防ぎます。

 ケガをしたところに直接氷をあてると凍傷になることもあるので、氷をビニール袋に入れてアンダーラップやタオルを巻いた上からあてて冷やすのがよいでしょう。こうして氷で冷やすことをアイシングといったりします。

 ここで重要になるのはアイスパックのつくり方です。アイスパックをつくるときには、ビニール袋に適量の氷を入れ、板状になるように平らに並べます。そして、袋のなかの空気を吸い取り真空状態にし、空気が入らないように結び完成となります。

「C=Compression、圧迫」

 3番目のCはコンプレッション。つまり圧迫することです。圧迫すると、腫れがひどくなるのを防ぐことができます。もし圧迫しているうちに手や足が青くなったり、しびれてきたらゆるめて、戻ったらまた圧迫します。こうして何度も繰り返すのです。

 テーピング用のテープや伸縮性の包帯を利用すると便利です。圧迫しすぎたり、時間が長すぎると血行が悪くなって皮膚の色が青くなり、感覚が鈍くなることがあるので、指先をつねってときどきチェックしましょう。

 慣れていない人は無理をしないで、早めにスポーツドクターに診てもらうのがよいでしょう。

「E=Elevation、挙上」

 最後のEはエレベーション、ケガをしたところを上にあげることです。心臓よりも上に持ちあげると、内出血も防ぐことができ、痛みも軽くなります。
エレベーションするときは、寝たり、座ったりして、心臓の位置を低くすると持ちあげやすいのです。

 これらの4つの手技を行うことがRICE処置とされています。

 しかし、それぞれの手技に効果があるため、すべての手技が行えない場合には、1つの手技を行うことでもある程度の効果が得られます。その場面に合わせ1つでも多くの手技を行うことが大切です。

3.ケガの予防(ストレッチングを知る)

ストレッチングを知ってケガの予防に役立てよう

1 ストレッチングとは

 『ストレッチ』とは伸ばす・広げるという意味ですが、日本ではストレッチ体操そのものを示す意味でとらえる場合が多いです。
 日本でストレッチングが普及したのは、1981年に日本語版で出版され、イラストのわかりやすかった『ボブ・アンダーソンのストレッチング』といわれています。さらに同年、NHKテレビで『話題の新しい体操』として紹介されたことによりさらに普及したといわれています。

2 種類

 ストレッチングの種類は、静的なストレッチングと動的なストレッチングの大きく2 種類に分けることができます。
 静的なストレッチングとは、止まったまま実施するストレッチングで筋肉を15 〜30秒程度伸ばし続ける方法です。
 動的なストレッチングとは、筋肉を縮めたり伸ばしたりして身体を動かしながら実施する方法です。ブラジル体操などが代表的です。

3 試合・練習前の効果

 ストレッチングの試合・練習前の効果は、

  1. 外傷・障害発生の予防
  2. 柔軟性の維持・向上
  3. 血液循環の向上     

などがあります。
試合・練習前には、静的なストレッチングでも動的なストレッチングでもよいので、ゆっくり身体をほぐすイメージで実施するのがよいでしょう。

4 試合・練習後の効果

 ストレッチングの試合・練習後の効果は、

  1. 筋肉疲労の回復促進
  2. 疼痛の軽減
  3. リラクセーション    

などがあります。
筋肉疲労の回復のために静的なストレッチングを1つの筋肉に対して15〜30秒程度実施し、脚は45秒程度でもよいでしょう。

5 ストレッチングを実施するタイミング

 自己管理をしていくためにはいろいろなことを知ることは非常に重要なことです。ストレッチングは、どのタイミングで実施すればよいのでしょうか?
 現在いわれているのが、筋肉の温度をある程度あたためた後に実施するのがよいとされています。
つまり、ウォーキングや軽いランニングをして身体があたたまってから実施します。またストレッチングには柔軟性の維持・向上の効果があるので基礎的な運動をする前に実施するのがよいでしょう。
 運動後も筋肉疲労を早く回復させるためにも静的なストレッチングをとくに疲労した筋肉に対してしっかり実施するのがよいでしょう。

4. クーリングダウンのすすめ

アクティブレストの考え方

 クーリングダウンとは、運動を行ったあと、からだを休息状態に戻すために行う短時間の軽い運動のことを指します。運動して激しく動いているときは、血液の流れが盛んになり、心臓とともに筋肉の収縮が体内の血管を絞るポンプになっています。運動をやめ、筋肉の収縮がなくなると、血液の流れは激しいままなので、心臓のみが血液を送りだす役割のため大きな負担がかかってしまいます。心臓へ一気に大きな負担がかからないように、筋肉を動かしながら徐々に血液の流れを落ち着かせていくためには、クールダウンが必要なのです1)

 またレスリングの試合のような激しい運動(無酸素系≧有酸素系)のあとには、筋肉が酸性に傾いたり、筋肉のなかにさまざまな疲労物質が溜まったりしているため、力が発揮しにくい状態になります。

 現在のレスリング競技のルールでは1日に何試合も行うことがあります。そこで試合と試合の間をどのようにすごすかも重要な課題となります。無酸素系の運動により血中濃度が高まる乳酸は、ジョギングなど軽い負荷の運動の場合はエネルギーになるといわれています。また、乳酸の血中濃度がさらに高まると、さまざまな疲労物質も多く産生されており、試合で大きな力が発揮しにくく、試合中に疲れやすくなる傾向があります。

 

図1 レスリングとサッカーの乳酸値の比較

 図1 はスパーリング後とサッカーの試合後の血中乳酸濃度の比較をしたものです2)。レスリングの試合後にはサッカー(無酸素系≦有酸素系)の試合後と比較して血中乳酸濃度が非常に高く、他競技と比べ、競技中に大きな力(無酸素系)を発揮していることがわかります3)

 試合を終了し、また次の試合や控えている場合には、蓄積された乳酸をできるだけ早いうちに代謝する必要があります。そこで効率よく乳酸を代謝させる方法の1つとしてアクティブレスト(積極的休息)があります。

 図2 はスパーリング後に現在の試合ルールの最低間隔時間15分を完全に何もせずに休んだ場合(消極的休息)と、軽いウォーキングやストレッチ等(積極的休息)を行った場合とを比較したときの血中乳酸濃度を表したものです。

 1 回目のスパーリング後、15分間の休息後には積極的休息、消極的休息ともに血中乳酸濃度に差がないものの、2回目のスパーリング後には積極的休息が消極的休息乳酸値と比較して低くなっています。このことから1 日での試合数が多いほど休憩時間のすごし方が重要になってくると考えられます。しかし、乳酸を代謝するためのクールダウンの強度と時間が問題になります。
強すぎる運動はさらに乳酸を産生することにすることになり、蓄積された乳酸を代謝できず回復に時間がかかります。あまり弱すぎると安静時と同じであり、筋に回る血流が少なく、また筋の活動が少ないために、代謝に時間がかかります。具体的な運動としては、試合会場でも行えるウォーキングやストレッチなどの軽い運動(有酸素運動)が望ましいでしょう。

1)征矢英昭、本田 貢 これでなっとく使えるスポーツサイエンスp4-5
2)永田 晟 運動後のクーリングダウンの重要性とその実際を教えてください 治療Vol.75,No.9(1993)
3)上條 隆、柳川益美 レスリング選手の最大酸素摂取量、最高心拍数と無酸素性閾値の関係について 群馬大学教養部紀要 第26巻 第1号 161-171頁(1992)

図2 積極的休息と消極的休息の比較

5. オーバートレーニング症候群

疲労とは?

「オーバートレーニング症候群」とは、単なる「トレーニングのしすぎ」のことではなく、生理的な疲労が十分回復されず、それが積み重なることにより簡単に回復しなくなってしまう、慢性的な内科的障害です。

 なかなか回復しない疲れやだるさ、ぐっすり眠れない、食欲がない、体重が落ちてくる、などの症状が出て、競技力がどんどん低下します。重症の場合には、日常生活にも影響が出て、完全に回復するまでに半年以上かかることもあります。

 

 トレーニングというのは、自分の体力や競技力を向上させるために行うものです。ふつうはトレーニングにより一時的に体力は低下しますが、一晩寝ると翌日にはもとに戻ります。よいトレーニングをしていれば、この繰り返しによりどんどん体力が向上します。しかし、翌日にまで疲れが残っている状態や体調不良の状態で強いトレーニングを行うと、逆に体力は低下し、その繰り返しにより、なかなか回復しなくなってしまうのです。つまり、強くなるためのトレーニングが逆効果になってしまうこともあるということです。

 オーバートレーニング症候群を予防するために一番大切なことは、まず「自分の日々のコンディションをしっかり把握すること」、次に「自分の日々のコンディションにあった的確なトレーニングスケジュールを組むこと」です。

 今日の自分の体調はどうか、かぜっぽくないか、体重が落ちてきていないか、食事は十分にとれているか、そういったことを手帳に書き込みましょう。また、毎日体温と体重を測りましょう。そして、コンディションが不良であると判断したら、無理なトレーニングはやめましょう。結果的にそのほうが競技力が上がるのです。もちろん強くなるには、激しいトレーニングも必要です。そして同じように、自分の状態をしっかりつかんで、それに合わせたトレーニングを行うことも大事なのです。

 みなさんも、強くなるために、自分のコンディションをいつでも最高に保つ努力をし、日々のコンディションを把握し、実のあるトレーニングを行うことができるようにしてください。

6.歯のケガの予防(マウスガードの使用)と対応

歯科医の作った正しいマウスガードを使ってください

 レスリング中の歯に関するケガは決して少なくはなく、医科学委員会の歯科医らの調査によると、8 割以上の高校生選手、中学の指導者が経験しています。歯が欠ける、歯が抜けることが多く(乳歯の場合抜けることが多い)、また唇が切れることもあります。アゴをぶつけた場合には顎の骨が折れたり、顎の関節を痛めることもあります。当然、当日の試合や練習にも影響が出ますが、一度欠けた歯は、皮膚や筋肉などとは違い、元どうりにはなりません。治療により機能や見た目は回復できますが、一生の問題となることも少なくありません。さらに、歯が凶器となって相手選手の頭や顔を傷つけることもあります。

マウスガードにはさまざまな種類があります

予防法

 レスリング中の歯のケガなどは、マウスガードである程度防げます。マウスガードは、軟かいプラスティックでつくられることが多く、その効果はボクシング、ラグビーなどで立証されています。しかし、マウスガードにはさまざまな種類があります。スポーツ店などで売っているものを自分でお湯などに入れて使うもの、インターネットなどで購入するものもありますが、歯科医がきちんと判断して、型を取りつくるものとの差は、安全性だけでなく装着感なども大きく違います。できればスポーツ歯学に詳しい歯科医につくってもらうことをおすすめします。正しいマウスガードをしっかり噛むことで首や肩に力が入ることによって頭部の揺れが軽減されるため、間接的な外力による脳震盪に対しての効果も期待されています。

歯のケガへの対応

 歯が抜けた場合には、①探す、②歯の根を触らないようにして、歯の保存液あるいは冷たい牛乳などに入れる、③脳震盪などの症状がなければなるべく早く歯科医院へ持ってい行く、④再植といって歯の状態がよければ抜けた歯を植えなおすこともできます。

 歯が欠けた場合にもなるべく探して歯科医院へ行ってください。接着できることが多いです。