からだ構え

1. からだのケアとスポーツ医学

知っておきたい、からだのこと、ケガのこと

 コンタクトスポーツであるレスリングでは、タックルや投げ技、寝技など多彩な攻防が繰り広げられます。このため、選手はフォールやポイントを奪われないようにするために、身体をひねったり、無理な体勢から攻撃することもあります。

 寝技では、フォールから逃れようとするときにブリッジをしますが、そのときに頚椎を痛めたり、肩関節痛を伴うことがあります。

 スポーツ競技にはケガ(外傷・障害)はつきものです。しかし、ケガに対しての知識や起こったときの対処法を知っておくことは、レスリング競技を続けて行くうえで非常に重要なことです。

 スポーツ活動では、ケガを未然に防ぐためのからだのケアが大切です。また、このようなスポーツにより引き起こされるケガやコンディションをサポートするスポーツドクター、アスレチックトレーナー、スポーツ栄養士など多くのサポートスタッフがいます。

 まずは、からだをケアするためにはスポーツ医学の知識やそこに関わる仕組みについて理解してみましょう。

2. 皮膚のトラブル

早めの治療が大事

 レスリングの競技会では、体重を測るだけでなく、メディカルチェックといって、皮膚の状態をお医者さんが検査します。どんなことをチェックしているのでしょう?

 メディカルチェックの目的は、一緒に競技をする相手に、皮膚のトラブルを起こさないようにすることです。そのために、爪を伸ばしていないか?みせてもらいます。また、レスリングをしていると、お互いに皮膚と皮膚が接触しますから、相手に伝染するような皮膚の病気がないか?をチェックします。

 たとえば、皮膚に「オデキ」があると、そこから出る血やウミに細菌(バイ菌)がついていますから、困りますね。「ヘルペス」といって口や鼻に小さい水ぶくれができて、ヒリヒリ痛い皮膚病も、相手に伝染することがあります。最近、困っている選手が多いのは、「タムシ」と呼ばれている皮膚のカビです。顔や腕、胸にも丸い赤い皮膚病があれば、お医者さんに相談しましょう。このカビが頭の髪の毛のなかに増えてしまうと、痛くオデキのようにはれて、毛が抜けてしまう場合もあります。このカビはマットにも落ちているので、マット菌、マットカビとも呼ばれています。

 自分の皮膚に心配なものをみつけたら、恥ずかしがらずに、コーチやトレーナーに相談して、皮膚科のお医者さんを紹介してもらいましょう。皮膚のトラブルは、早めに治療して、チームみんなで予防すれば、防ぐことができます。練習や試合の後に、お風呂に入ってきれいに洗うことも大切ですが、髪の毛のカビは普通のシャンプーだけでは、十分予防できないので、カビの薬の入ったシャンプーをときどき、チーム全員で使うと安心です。

 皮膚のトラブルがあるときには、からだ全体のコンディションも疲れているので、栄養や睡眠を十分にとり、疲れによるケガの予防にも気をつけてください。

3. ワクチンで予防できる感染症

自分は大丈夫?

 ジュニアの皆さんは、母子手帳をお持ちでしょうか? そこに、あなたが生まれた日から今日までに受けた予防接種の記録があります。予防接種は、伝染病にかからないために、予防効果のあるワクチンを注射しておくことです。予防接種で効果が期待できる病気を表にしました。自分が受けているかどうか、この機会に確かめてみましょう。これらの病気に感染すると重症になることが多いだけでなく、チームメイトや身近な人々にも病気が広がってしまうので、予防が大切です。

 予防接種は、種類によって注射する回数が違いますし、副反応が出ることもありますので、体調のよいときで、試合や合宿の予定も考えて受けるようにしましょう。いつ、どの予防接種を受けておいたほうがよいかは、身近な指導者や保護者、あるいはトレーナーを通して、医療スタッフに遠慮なく質問してください。

 これからは、国際試合も多くなるので、国によっても流行している病気が違うので、必要な予防接種があります。

<現在、日本で予防接種が行われている病気>

病気 補足
破傷風、ジフテリア、百日咳、ポリオ 4 種混合ワクチンあり
麻疹、風疹 混合ワクチンあり
肺炎球菌 小児用と高齢者用は別
インフルエンザ桿菌b型(Hib)  
BCG 結核の予防
日本脳炎  
おたふくかぜ  
水痘  
ロタウイルス  
A型肝炎  
B型肝炎  
インフルエンザ  
子宮頸がん 2 価と4 価がある
ロタウイルス 飲み薬
狂犬病  
黄熱病  
コレラ  

4. 救命救急措置について知っておこう

AED、CPRの基礎知識

心肺蘇生法

 心肺蘇生法とは、呼吸が止まり、心臓も動いていない人(心肺停止状態)に対して行う救命処置です。心肺停止となったその場に居合わせた人が、救急隊到着の前に心肺蘇生を行った場合、行わなかった場合に比べ、1 カ月後の生存率が2.6倍高いとされています。心肺蘇生法を説明します。

  1. あなたが、突然意識を失って倒れた人を目撃。あるいは意識を失って倒れている人を発見。
  2. 周囲の安全を確認してから倒れている人に近づく。
  3. 倒れている人の肩を叩きながら「大丈夫ですか!」と大きな声で呼びかけて意識があるかを確認。
  4. 意識がないことを確認したら、あなたが、周りの人を呼び集める。
  5. あなたは、集まった人に救急車を呼ぶようにお願いします。さらに別の人にAED(※)を持ってくるようにたのみます。
  6. あなたが、倒れている人の気道を確保し、呼吸があるかないかを確認します。
  7. 呼吸がなければ、あなたがただちに心臓マッサージを開始します。
  8. AEDが到着したら、AEDを倒れている人に装着します。
  9. 救急隊が来るまで心臓マッサージを続けます。ただし、倒れている人の意識が回復したり、動きがみられたら、心臓マッサージは中止します。

(この方法は日本でその効果が実証された「胸骨圧迫心臓マッサージのみの心肺蘇生法」の一人法で8 歳以上の人に対して行う方法です。気道確保は自信がなければ行わなくてよいです。)

※AED(automated external defibrillation):自動体外式除細動器。心停止の人に装着すると機器が自動的に心電図を解析して、必要に応じて電気的ショックを指示します。機器の音声指示があったら機器のボタンを押して電気的ショックを与えます。

 

気道確保の方法(図1)

 気道とは口・鼻から肺への空気の通り道のことです。頭部を後ろに傾けてあご先を上げます。片方の手で額を押さえ、もう片方の手の指(人差し指と中指)であごを上に持ち上げて行います。これを「頭部後屈-あご先挙上法」といいます。

 

図1 頭部後屈—あご先挙上法により、反応のない傷病者の気道閉塞が解除される

A 舌による閉塞。反応のない傷病者では、舌が上気道を塞ぐことがある。
B 頭部後屈—あご先挙上法で舌が持ち上がり、気道閉塞が解除される。

呼吸の確認方法(図2)

 見た範囲で規則的で正常な呼吸をしているか確認します。判別不能や不自然な呼吸または10秒以内に確認できなければ呼吸なしとして扱います。

 

図2 呼吸を確認する。傷病者の鼻と口の近くに顔を寄せ、胸部の動きを見て、呼吸音を聞き、呼気を感じる。

心臓マッサージの方法(図3・図4)

 胸の真ん中に手の付け根を置き両手を重ねて肘を真っ直ぐ伸ばし、100回/分以上の速さで圧迫を繰り返します。圧迫の強さは5cm胸壁が沈む程度。
 ポイントは、強く・速く押すことです。また、十分に胸壁がもとの位置に戻るように注意しつつ、手を胸から離さずに連続して行ってください。

 

図3 「胸の真ん中に両手を置く」

図4 胸骨圧迫中の救助者の体勢

5. 安静時心拍数を用いたコンディション評価

心拍数を測ってみよう

 コンディションを評価するツールの1つに安静時の心拍数があります。なかでも起床直後の安静時心拍数は前日のトレーニング強度などの影響を受け、トレーニング強度が高いと翌朝の心拍数が増加し、トレーニング強度を低くすると翌朝の心拍数が低下することなどが知られています。このようなことから起床時の安静時心拍数を他の主観的コンディション指標と併せて継続的にチェックしていくことでオーバートレーニングの予防にも役立ちます。

 心拍数を測る方法には、心電図や市販されているポラールなどの機器を使って測る方法(①)と手首の動脈や首の動脈を触って心拍に同期する脈拍数を測る触診法などがあります(②・③)。運動中には機器を使って測る方法がよいですが、安静時の心拍数は高価な機器を使わなくても触診法によって簡単に測定できます。起床時に布団の中で1 分間に何回拍動を打つかを数え、記録してみましょう。

 



 女性には固有の月経周期があり、エストロゲンとプロゲステロンというおもに2 つの女性ホルモンの変動から4 つの時期に分けられます。

 このエストロゲンとプロゲステロンは、心拍数を調整している心臓自律神経系に影響することが知られているので、月経周期に伴って心拍数が変化する可能性があります。したがって、女性アスリートが安静時心拍数を用いてコンディションを評価する際には、前日のトレーニング強度などに加えて月経周期の時期も考慮する必要があります。

 女性アスリートのみなさんは、コンディショニング記録シート(P.93)の記録とともに、起床時の体温(基礎体温P.78参照)および起床時の心拍数を継続的に測定記録し、自分の月経周期に伴うコンディションの変化を確認してみましょう。

 

月経周期に伴う各種ホルモンの変化

6. 耳介血腫とレスリング

正しい知識と予防策

 コンタクト競技であるレスリングは、耳介血腫(耳の変形)になるケースがよくみられます。そこでスポーツ医科学委員会では、2017年に行われた沼尻直杯全国中学生レスリング選手権大会出場選手約300名(男子240名/女子78名)の耳介血腫に関する実態調査を行いました。その結果、中学生レスリング選手の74%に耳介血腫が認められました。また、耳介血腫に対する意識は「何とも思わない」と考える選手が多く、その予防や対策もあまりなされていませんでした。今回は、その実態調査の報告をから、耳介血腫に対する正しい知識と予防策について考えていきたいと思います。

耳介血腫とは?

耳介血腫は、耳介への強い衝撃などの刺激が繰り返され、耳介の軟骨と、その軟骨を覆う軟骨膜との間におきた内出血によって発生する腫瘤です。 血腫の内容が血液(液体)の時期は腫瘤は柔らかく、注射器などで内用液を抜くことが可能ですが、この時期にさらに刺激が続くと、血腫内の出血が増え、さらに腫瘤は大きくなってしまいます。血腫内の血液が凝固(凝血)すると、腫瘤は硬くなり、以後は変形として残ることになります。

あなたは耳介血腫による耳の変形
(耳が腫れる・つぶれる)がありますか?

耳介血腫の予防

発生の予防にはスパーリング時のヘッドギアの装用が有効と思われます。いったん耳介血腫が発生してしまったら、変形を最小限に抑えるために、血腫が柔らかい時期に内用液を穿刺し、冷却と圧迫を行いますが、最も重要なことは血腫が小さくて柔らかい時期はできる限り耳介への刺激を避けることです。